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フェデラル・ワン、そして連邦美術計画 - 「芸大を出たら待ち受けるもの」に関連して

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連邦美術計画
前記事: 「芸大を出たら待ち受けるもの」

昨日書いた記事について多くのご意見ありがとう。日本は海外に比べてアートが弱いとよく言われるけど、その根本にあるものがなんとなく見えた気がします。勉強になりました。上記リンクの前記事にも追記を書いたので(#1#2)もし良かったらそちらも読んでみてください。

ところで
その前記事のはてブコメントで、

とても素晴らしい情報を頂きました

ご紹介します。皆さんにもぜひ知ってもらいたい。(via. はてなブックマーク - genosse のブックマーク) ありがとう genosseさん、ありがとう インターネット。


1929年に始まった世界恐慌のときにニューディール政策の一環として、かつ最重要政策として、芸術家支援計画が行われました。それが・・・

「フェデラル・ワン」

文部科学省が文化審議会のサイトでその功績と問題点を要約したものがあったので概要を引用します。詳しくは該当ページへ。ここでは、さらに僕らに身近な部分を転載しました。

ヾ(*´∀`*)ノ あぁ・・・これだよ、これ!!!

社会情勢的にも第二次のほうが現代の日本に近いといえる。

第二次ニューディールにおいて実施された人的投資とは、WPA(雇用促進事業局)による大雇用政策である。単に失業者への生活保護を行った第一次と違い、第二次は、仕事を与え、それに対する給与を支払うという形式をとったが、その中の一つとして、「フェデラル・ワン」と呼ばれる芸術家雇用政策が行われたのである。

具体的には、美術、音楽、演劇、作家、歴史的記録調査の各プログラムが実施され、各地域においてこれらのプログラムに適格な者かどうかを審査する機関を設置し、

結果として4万人の芸術家を雇用した。

■ 連邦美術プロジェクト(FAP):最盛期(1936年)には、5,300人の美術家及び関連の専門職を雇用し、1万点を超える絵画と18,000点の彫刻が制作され、学校、病院等に飾られたほか、2,500箇所の公共建築物に壁画が製作された。この影響として、地域社会にアートセンターやギャラリーができたほか、同時に行われた教育的プログラムによって、

美術愛好家が増大した。

■ 連邦音楽プロジェクト(FMP):最盛期には16,000人の音楽家及び関連の専門職が雇用され、毎週およそ300万人の聴衆に5,000もの公演を行ったほか、5,500の曲が創作された。これらの活動は、地域の教育委員会や、各種の民間団体による支援と連携して行われた。

■ 連邦演劇プロジェクト(FTP):最盛期には13,000人の演劇関係者が雇用され、4年間で1,200の新作を世に出し、100人の新人劇作家を育成した。毎月1,000を超える公演を行い、そのうち78%が無料公演であった。

■ 連邦作家プロジェクト(FWP):最盛期7,000人近い作家を雇用し、公式ガイドと風土記の要素を併せ持つ「アメリカン・ガイド・シリーズ」や地域紹介のパンフレット類を作成した。

(中略)

「フェデラル・ワンがもたらした、現代日本への示唆は何か。」

このプロジェクトは戦後の米国の文化産業の隆盛に大きな効果をもたらしたといえる。OrsonWells,BurtLancasterなど著名なハリウッド関係者はこの時に雇用されており、大恐慌時に一時投資家が撤退したハリウッドが1930年代に盛り返したが、ハリウッドの成長にも相当の影響を与えたと思われる。政府の報告書にも米国演劇史上非常に重要な貢献をしたということが記述されている。

映画産業という新しい産業が出始める当時の状況と、IT の進展による新しいメディアの登場など、新しい技術が萌芽的に誕生している現在とは状況がよく似ているといえる。

また、フェデラル・ワンは米国人を対象としたものではなく、米国に居住する芸術家を対象として施策が展開された。これにより多くの優れた芸術家が失業者が溢れる米国に流入したという効果は忘れてはならない。

さらに、フェデラル・ワンは地域社会と密接に結合されて展開したため、保守派の巻き返しがあって連邦政府の支出が途絶えた後も、地域社会の支援でプロジェクトが継続された地域もあるなど、地域社会での文化の発展にも大きな効果をもたらしたと言える。

最後に最も強調したい点は、地球が数億年かけて作り上げた化石燃料がエネルギー産業の元であるように、人類が数十年から数千年の時間をかけて作り上げた芸術文化は、文化産業・観光産業の元ということである。しかも、化石燃料は競合性を持つ私的材であるが、芸術文化は非競合的な要素が強い公共財なのである。文化政策は将来への投資であり、このようなスケールで考える必要がある。そう考えれば、現在の厳しい財政状況のもとにおいても、文化政策へ資金を拠出することが正当化されると考える。

文化審議会第7回総会議事要旨


そのなかでも視覚芸術(美術、視覚芸術)に対して行われた「連邦美術計画」に関してもWikipedia に解説がありました。

連邦美術計画によって5000人~1万人が雇用され、20万点もの作品が制作され、さまざまなポスター・壁画・絵画・彫刻が作成された。それらの作品は公共機関や学校や病院などに飾られ、2000以上のビルの壁面を覆い、国内で最も目立つパブリック・アートがいくつも誕生した。(中略)

レオン・バイベル、ジャクソン・ポロック、ウィリアム・グロッパー、ウィレム・デ・クーニング、ベン・シャーンなどは、この計画により支援された中でよく知られた美術家たちである。

この計画の副産物かつ最大の成果としては、人的資源の維持・育成があげられる。この計画により、多くの美術作家が生活を維持することができ、またヨーロッパからも美術家の流入があった。(中略)

この計画によりアメリカの街角に「パブリック・アート」と呼ばれる、記念碑とも違う、町を装飾し生活に彩りを与え、さまざまな思索を誘うための彫刻群が多く建つようになった。この成果は、戦後、新築ビルに建築費の1パーセントをパブリック・アートに使うよう義務付ける条例などにつながってゆく。

また多くの市民がポスターや絵画、彫刻、美術教育活動を通じて同時代の美術に大量に触れる豊かな経験をしたため、美術鑑賞の一般化や産業デザインの洗練など、

国民のデザインに対する意識が高くなったこともある。

連邦美術計画 - Wikipedia

。゚(゚´Д`゚)゚。 ・・・これやろうよ、ねぇ、広めようよ、これ、すごくいいじゃない!!

 
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